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2013年7月18日

iOSは「フラット」になっただけではない(後編)

インタラクションデザイナー 橋本

iOS7のデザインの方向性について、前回は「コンテンツに一段とフォーカスする」という話をしました。

続いて『「見て理解する」から「触って理解する」へ』ですが、これはどういうことでしょうか?今回もアプリを見ながらご説明します。

カレンダーアプリ―紙カレンダーの模倣からの脱却

(iOS7版カレンダーの画像はアップル社のサイトでご確認ください

紙のカレンダーを見ていて、例えば今月下旬と来月上旬を同時にみたいと思ったことはありませんか?紙のカレンダーは1ヶ月毎に用紙が別になっており、同時に見づらくなっています(それを考慮して前月/次月を小さく記載しているカレンダーもありますね)。

従来のカレンダーアプリは、紙のカレンダーのように1ヶ月単位で区切られた、不連続な表示になっていました。iOS7版ではこの月毎の区切りを取っ払い、縦スクロールで自由に行き来できる連続的な表示になりました。これにより、月の区切りに縛られず、今月下旬と来月上旬をあわせて見やすくなっています。

紙のカレンダーに沿うと使い方はわかりやすくはなるものの、一方でその物理的特質による制約を受けることで、本来やりたかったことが行いづらくなる、デジタル環境ならではの良さを損ねてしまう、という問題が起きていたと言えます。実物という足枷を外すことで、デジタルアプリケーションとしての可能性を引き出したといえるでしょう。*註

メタファーとイディオム

ソフトウェア開発者/デザイナーであり、デジタル機器のUIデザインに詳しいアラン・クーパー氏は、その著書の中で上記観点について考察を行っています。

彼はインターフェースのコンセプトとして「メタファ的」「イディオム的」があることを指摘しています。

まず、メタファ的なインターフェースについては、

メタファー的なインターフェイスはインターフェイスに含まれているビジュアルな手がかりとその機能をユーザーが直観的に結びつけてくれることを頼りとする方法である。ソフトウェアの仕組みを理解する必要がないという分、実装中心インターフェイスからは一歩前進しているが、その力と便利さは実際以上に評価されている。

Alan Cooper「About Face 3 インタラクションデザインの極意」P.277より

と指摘し、その弱点をいくつか説明しています。

メタファに厳密に従うようなことをすると、インターフェイスが現実の世界の仕組みに不要に縛られる事になってしまう。現実の3次元空間は乱雑で、物理的な動きには限界があるが、デジタル製品の最も素晴らしい点は、そのようなものでユーザに提示する動作モデルを縛らなくて済むことではないだろうか。(同著P.275より)

メタファは初めて使うユーザの学習という点では小さな効果があるが、初心者が中級者になった後は高くつく。ほとんどのメタファは、物理的な世界のメカニズムを反映しているので、ユーザのコンセプトを地面にしっかりと釘付けにしてしまうが、その分ソフトウェアの力が制限されてしまうのだ。(同著P.278より)

プリンタやドキュメントのような物理オブジェクトのビジュアルメタファは簡単に見つかるかもしれないが、プロセス、関係、サービス、変換など、ソフトウェアでもっともよく使われるものを表すメタファを見つけるのは難しいし、ひょっとすると不可能かもしれない。(同著P.282より)

まとめると、

というところですね。

そこで、彼は「イディオム」を持ち出します。

回りくどい言い方をすることを「beat around the bush」(藪のまわりを叩く)といったり、かっこいいということを「cool」といったりするのをイディオム(熟語)と呼ぶが、イディオム的なデザインは、私たちがイディオムを学んで使うメカニズムを基礎としている。

(中略)

比喩的ではない単純なビジュアルおよび振る舞いのイディオムを学習して仕事を完成させ、ゴールを達成しようというものだ。(同著P.279より)

イディオムは、PCで言えばマウスによるウィンドウの最小化/最大化やウィンドウのスクロールなどが該当します。つまり、メタファとは違い、現実世界には対応するものが存在しないインターフェイスであり、最初はよくわからないけれど、学習して覚えてみると以後忘れずに使えるインターフェイスのことです。

メタファ的インターフェイスは、現実で対応するものを学習していれば、見ればすぐに使い方がわかります。そこでは現実の"模写"の精度が求められるでしょう。

イディオムについてもっとも大切なことは、イディオムには学習が必要だが、その学習はおそろしく簡単であり、優れたイディオムなら一度学習するだけで十分だということだ。(同著P.280より)

こう述べるように、イディオム的インターフェイスで求められるのは、学習しやすさと言えるでしょう。現実を模倣しない訳ですから、一見しての分かりやすさよりも使ってみての分かりやすさをいかに高めるかが鍵となります。とすると、見た目という静的な側面ではなく、動的な側面(操作体系や動き、フィードバック)のデザインがより重要となります。

参考/関連記事
人との関わりから考えるタッチUIのあり方 - could
この記事では、より広い視野から静止状態(スクリーンショット)だけでは UI の評価が難しくなってきたことを指摘しています。

メタファーからイディオムへ

iOS6⇒iOS7はこうしたメタファーからイディオムへのインターフェイスの方向性の転換と見ることも出来るでしょう。

しかし、「一見しただけで使い方がわかったほうが初心者にも優しいし、そちらのほうがいいじゃないか」、そう感じる方もいるかと思います。

ただ、デジタルネイティブという言葉に象徴されるように、コンピュータという存在がどんどん身近になってきています。文字通り、スマートフォンを肌身離さず持っている人もいるでしょう。そして、そんな人にとって初めて手に取るスケジューラは紙の手帳ではないかもしれません。

その時に、紙の手帳を模したスケジューラと、使ってみると手に馴染むスマートフォンに適したスケジューラ、どちらを初めに手にとってもらうのが良いでしょうか?学習コストが同じであれば、機器のポテンシャルを最大限に引き出した後者のインターフェイスの方が好ましいと言えるのではないでしょうか。そう考えると、こうしたインターフェイスの方向性の転換は、長期的には正しいと言えるのかもしれません。

iOSは「フラット」になっただけではなく、こうした2種のデザイン変更によって、デジタルインタフェースデザインの可能性を追求しているのではと考えています。

  1. *註:iOS6のアプリのデザインを批判しているわけではなく、むしろ、世の中の人がフリックなどタッチ操作に慣れていない黎明期においては、それに慣れてもらうために一定の意義があったと思います。また、iOS7のカレンダーも完全に良いと言っているわけではなく、予定内容がわからないなど課題と感じる点は色々あります

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